はじめに
2019年に文部科学省が発表したGIGAスクール構想から、早くも3年以上が経過しました。2021年度3月期で全自治体等のうち1,742自治体等(96.1%)が整備済みとなり、小・中学生一人一台教育用端末の整備がほぼ完了した現在、日本の教育現場は大きな変革を遂げています。
しかし、端末が配布されて3年が経った今、現場では様々な成果と課題が浮き彫りになってきました。本記事では、GIGAスクール構想の現状を振り返り、タブレット学習のメリットと課題、そして次のフェーズ「NEXT GIGA」への展望について詳しく解説します。
GIGAスクール構想の現状:3年間の成果
環境整備の劇的な改善
文部科学省の小学校を対象とした調査では、すでに大きな成果が確認されています。GIGAスクール構想の取り組み前(2019年3月)、取り組み後(2023年3月)を比較すると、端末1台あたりの児童数は平均6.1人→1.1人、普通教室の無線LAN整備率は43.4%→95.4%と教育ICTの整備状況は大幅に改善しています。
コロナ禍での前倒し実現
2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大(コロナ禍)によって、日本国の教育分野のデジタル化の遅れが顕在化したこともあって、GIGAスクール構想の実施が前倒しされた結果、当初予定より早期に1人1台環境が実現しました。
国際的に見た日本の教育ICT環境の改善
以前は授業の中でデジタル機器が使われる時間は、34カ国の先進諸国で構成されているOECD加盟国の中で日本が最下位という状況でしたが、GIGAスクール構想により大幅な改善が図られました。
タブレット学習のメリット:現場で実感されている効果
1. 個別最適化された学習の実現
AIドリルは、過去に間違った問題を記録して、正解できるようになるまで繰り返し出題する仕組みがあります。これにより、一人ひとりの習熟度に応じた個別学習が可能になりました。
タブレット学習は、黒板を使った画一的な授業と異なり、生徒一人ひとりに合わせた指導が可能です。具体的には以下のような効果が確認されています:
- 生徒の習熟度に合わせた課題への変更
- 生徒それぞれが好奇心を持つ事柄について調べられる環境
- タブレット学習によるペーパーレス化で教師と生徒双方の負担軽減
2. 学習への取り組みやすさ向上
児童生徒が楽しみながら学習を進められる点も挙げられます。勉強しなければならないことはわかっていても、児童生徒が自らやる気を出して学習に取り組むのは、なかなか難しいことです。
タブレット学習では以下のような工夫により、学習へのハードルが下がっています:
- ゲームのような感覚でテンポよく学習画面が進む
- カラフルな図形やアニメーション、キャラクターなどの活用
- タブレットのスイッチを入れるだけで学習を開始することができますという手軽さ
3. マルチメディアによる理解促進
動画やアニメーション、音声などのマルチメディアによって、児童生徒が学習内容を理解しやすくなる工夫がされていることです。特に以下の分野で効果を発揮しています:
- 英語学習: 実際に音を耳で聞いたり、舌や口の動かし方を見たりしながら正しい発音の習得
- 算数・数学: アニメーションで図形を動かして全体像をつかむ
- 理科: 実験の様子を動画で確認
4. 即座のフィードバック効果
タブレット学習のメリットは、自動採点で問題の解きっぱなしを防げる点です。従来の紙教材では採点が後回しになりがちでしたが、タブレット学習では瞬時に結果がわかるため、学習のモチベーション維持につながっています。
浮き彫りになった課題
1. 教員のICT活用指導力の格差
2021年に文部科学省が発表したGIGAスクール構想に関する各種調査の結果」内での「自治体におけるGIGAスクール構想に関連する課題アンケート概要」では、GIGAスクール構想実施時の課題として「教員のICT活用指導力」を1番目・2番目に挙げた自治体が35.8%おり、課題の中でも上位に入っています。
教員間でのITリテラシーの差は深刻な問題となっており、以下のような課題が生じています:
- デジタル機器の操作に不慣れな教員の存在
- ICT教育への理解度の個人差
- クラウド上での情報共有やセキュリティ対策に関する知識不足
2. 活用状況の地域間格差
「教育の情報化に関する進捗状況について」によると、タブレットをほぼ毎日利用している小学校は、熊本市では95%以上ある一方、岡山市では約29%にとどまります。
この格差の背景には以下の要因があります:
- 自治体によるICT教育への取り組み姿勢の違い
- 教員研修体制の充実度の差
- ICT支援員の配置状況の違い
3. ネットワーク環境の不安定さ
現場では以下のようなネットワーク関連の問題が報告されています:
特定のサイトやアプリにアクセスできない場合がある、校内や教室内で接続しにくい場所がある、OSのアップデートやアプリの更新によりネットワークに接続しにくくなる、教材サイトなどに一斉にログインをおこなおうとすると、ログインできないことがある
4. 端末の故障・劣化問題
GIGAスクール構想では、1⼈1台端末の利活⽤が進むにつれてハード面の課題が生じています。具体的には、「端末の故障の増加」と「バッテリの劣化(耐⽤年数は4~5年程度)」の2つです。
5. 家庭環境による格差
とくに家庭学習で利用する場合、家庭によって通信環境が異なり、十分に活用できない可能性があります。Wi-Fi環境の有無や通信速度の違いが、学習機会の格差を生む要因となっています。
タブレット学習の課題:学習効果への懸念
1. 思考力への影響
タブレットで問題を解き終えた我が子に「どうやってこの問題解いたの?」と聞いてみたのですが…。答えられない。適当に答えを入力している!ピンポーンもらえればいいと思っているという現場からの声もあります。
2. 読解力・記憶定着への影響
タブレットの場合は、紙と比較すると文字を書く機会が減ります。さらに、教科書などを読み込まなくても答えをすぐに知れるため、読解力の低下などを引き起こす可能性もあるでしょう。
3. 健康面への懸念
以下のような健康面での課題も指摘されています:
- 長時間使用によるものであり、注意点を守って使用することで、安全・健康的にタブレット学習をおこなえます
- ブルーライトによる目の疲労
- 姿勢の悪化や運動不足
4. 国際的な懸念:スウェーデンの事例
先駆けて1人1台のデジタル端末の整備を行ってきたスウェーデンでは学力低下が進み、デジタル教材から紙の教材に戻る流れが広まっているといいます。この事例は、デジタル化が必ずしも学力向上につながるわけではないことを示唆しています。
NEXT GIGA:次のフェーズへの展望
NEXT GIGAとは
GIGAスクール構想の推進により、2020年度から2021年度にかけて小学校から高等学校まで、児童生徒1人1台端末や高速大容量の通信ネットワーク環境が整備され、現在はその効果が実感されつつあります。一方で、「まだ、1人1台端末を授業で十分に活用できていない学校がある」「地域によって活用状況に格差がある」「端末の不具合や故障が増えてきた」「ネットワーク環境が不安定になることがある」といった課題も浮上しています。そこで新たなキーワードとして「NEXT GIGA」という言葉が使われるようになっています。
端末更新への対応
1人1台整備されたコンピュータは、早い自治体では2024年度から更新時期に入ります。文部科学省では以下の支援策を講じています:
- 端末の更新費用として、45,000円 / 台(補助対象:2/3台)を上限とした定額補助
- 複数年をかけた計画的な端末更新の推進
- 予備機の整備による学習継続性の確保
新しい端末要件
文部科学省が発表した「学習者用コンピュータ最低スペック基準」では、CPU、メモリー容量などが引き上げられ、デジタル教科書の利活用を想定して全プラットフォームでタッチペンが必須化されています。
ネットワーク環境の強化
「取組の最大の阻害要因の一つはネットワークの遅延や不具合である」と断じた上で、学校のネットワークに対してアセスメント(調査・診断)を実施し、問題があれば改善をするよう促す。要求額は10億円で、1校当たり40万円を上限に費用の2分の1を補助することが計画されています。
今後の課題と対策
1. 教員研修の充実
教員のICT活用指導力向上のため、以下の取り組みが必要です:
- 体系的な研修プログラムの構築
- ICT支援員の効果的な配置
- 教員同士の知識共有システムの構築
2. 紙とデジタルの適切な使い分け
タブレットのみで学習するのではなく、紙とタブレットを適切に使い分けることが求められます。それぞれの特性を活かした効果的な学習方法の確立が重要です。
3. 家庭学習環境の整備
家庭での学習格差解消のため、以下の支援が必要です:
- Wi-Fi環境整備への支援
- モバイルルーターの貸し出し制度の拡充
- デジタルリテラシー教育の充実
4. 健康面への配慮
長時間使用による健康被害を防ぐため:
- 適切な使用時間の設定
- ブルーライトカット対策
- 正しい姿勢での使用指導
成功事例に学ぶ効果的な活用法
授業での効果的な活用
成功している学校では以下のような取り組みが行われています:
- 協働学習での情報共有ツールとしての活用
- 個別学習での習熟度別学習の実現
- プレゼンテーション能力の向上
校務での活用
教員の働き方改革にも効果を発揮:
- 成績管理の効率化
- 授業準備時間の短縮
- 保護者との連絡手段の改善
保護者・家庭ができること
1. 家庭でのルール作り
適切な端末使用のため:
- 使用時間の制限設定
- 学習目的以外の使用制限
- 姿勢や休憩に関するルール
2. 子どもの学習サポート
- タブレット教材の中でキャラクターがほめてくれるよりも、保護者の「がんばったね」「ちゃんと勉強したからよくできているね」といった声かけの方が、子どもにとってはずっとうれしいものです
- 学習内容への関心を示す
- 困った時の相談相手になる
今後の展望:2028年に向けて
教育データ利活用の推進
GIGAスクール構想、NEXT GIGAが目指す教育DXのカギの1つが教育データの利活用です。今後は:
- 学習履歴データの分析による個別指導の高度化
- AIを活用した学習支援システムの導入
- エビデンスに基づく教育政策の策定
デジタル教科書の本格導入
2024年度から、デジタル教科書が本格導入されます。これにより、より豊かな学習コンテンツの提供が期待されています。
Society5.0時代への対応
Society5.0では、AIやビッグデータなどを活用しサイバー空間とフィジカル空間(現実)を融合した社会に対応できる人材の育成が求められています。
まとめ
GIGAスクール構想から3年が経過し、日本の教育現場は大きく変化しました。1人1台端末環境の整備により、個別最適化された学習や協働的な学びの基盤が整いましたが、同時に新たな課題も浮き彫りになっています。
主な成果
- 環境整備の劇的な改善(端末配布率96.1%達成)
- 個別最適化学習の実現
- 学習への取り組みやすさの向上
- マルチメディアによる理解促進
解決すべき課題
- 教員のICT活用指導力の格差
- 地域間・学校間での活用状況の格差
- ネットワーク環境の不安定さ
- 健康面や学習効果への懸念
今後のNEXT GIGAフェーズでは、これらの課題を解決しながら、真の意味でのICT教育の充実を図ることが重要です。端末の更新、ネットワーク環境の強化、教員研修の充実、そして紙とデジタルの適切な使い分けにより、すべての子どもたちにとって効果的な学習環境を実現していく必要があります。
関係者全員が協力し、「機器があるだけ」から「学びの変革」へと段階を進めていくことが、今後はさらに重要になってくるでしょう。
GIGAスクール構想は始まりに過ぎません。真の教育DXの実現に向けて、継続的な改善と発展が求められています。
本記事の情報は2024年8月時点のものです。最新の情報については文部科学省の公式発表をご確認ください。
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