褒め方の質と、自己肯定感の関係を心理学が解明
はじめに
「褒めて伸ばす子育て」が良いとされる現代において、多くの親が抱える深刻な悩みがあります。それは「一生懸命褒めているのに、うちの子は全然伸びない」という現実です。
「すごいね」「えらいね」「頭がいいね」—こんな言葉をかけているのに、なぜか子どもは:
- チャレンジを避けるようになった
- 失敗を極度に恐れるようになった
- 褒められないとやる気を失う
- 自信がないように見える
実は、この現象には科学的な理由があります。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドウェックによる画期的な研究をはじめ、多くの心理学研究が「褒め方の質」が子どもの成長に決定的な影響を与えることを証明しているのです。
今回は、なぜ褒めても伸びない現象が起きるのか、そして真に子どもを伸ばす褒め方とは何かを、最新の心理学研究に基づいて詳しく解説していきます。
衝撃の研究結果:「頭がいいね」は逆効果だった
コロンビア大学の実験が明かした真実
1998年、コロンビア大学で行われた実験は、子育てにおける「常識」を根底から覆しました。
実験の内容:
- 10歳~12歳の子ども400人ほどを3つのグループに分ける
- 全グループに簡単な図形のテストを解かせる(みんな成績は良い)
- 結果発表:
- Aグループ:「頭がいいね」と褒める
- Bグループ:何も言わない
- Cグループ:「頑張って問題を解いたね」と褒める
- 次のテストで「難しいけどやりがいのある問題」と「簡単な問題」を選ばせる
驚愕の結果:
- 「難しい問題」にチャレンジした割合:
- Aグループ(頭がいいね):35%
- Bグループ(何も言わない):55%
- Cグループ(頑張ったね):90%
なぜ「頭がいいね」が逆効果なのか?
「頭がいい」と言われた子どもは、次のテストでも「頭がいい」と褒められたくなります。すると問題が解けない可能性がある難しい問題を解くよりも、全問正解が狙えるような簡単な問題を受けたくなってしまうのです。
一方「頑張って問題を解いたね」とプロセス、努力を褒められた子どもは、努力すれば褒められると思い、チャレンジングな問題を解こうと努力をするのです。
マインドセット理論:成功する子としない子の決定的違い
2つのマインドセットが人生を分ける
キャロル・ドウェック博士の20年にわたる研究により、人の思考パターンは大きく2つに分かれることが明らかになりました。
フィックスト・マインドセット(固定思考)
「自分の能力は石版に刻まれたように固定的で変わらない」と信じる
特徴:
- 才能や知能は生まれつき決まっていると考える
- 失敗を「自分の能力の限界」として捉える
- 困難な課題を避ける傾向
- 他人からの評価を過度に気にする
- 「できない自分」を隠そうとする
グロース・マインドセット(成長思考)
「人間の基本的資質は努力しだいで伸ばすことができる」と考える
特徴:
- 能力は努力や学習によって向上すると信じる
- 失敗を「学習の機会」として捉える
- 困難な課題にも積極的に取り組む
- プロセスや努力を重視する
- 「まだできない」を「これから成長できる」と考える
褒め方がマインドセットを決定する
固定思考を作る褒め方:
- 「頭がいいね」
- 「センスがあるね」
- 「天才だね」
- 「やっぱりできる子ね」
成長思考を育む褒め方:
- 「よく考えて解いたね」
- 「諦めずに頑張ったね」
- 「前回より工夫できているね」
- 「難しい問題にチャレンジしたね」
「褒めても伸びない」5つの科学的理由
1. アンダーマイニング効果:内発的動機の破壊
ロチェスター大学エドワード・デシ教授の実験(1975年)
大学生を2グループに分けてパズル実験を実施:
- 報酬グループ:パズルが解けると1ドル支払う
- 無報酬グループ:何も約束しない
結果:
- 無報酬グループ:自由時間もパズルに興じ続けた
- 報酬グループ:報酬がもらえる時以外はパズルを避けるようになった
結論: 外部からの報酬(褒美)が、本来持っていた内発的な興味や楽しさを破壊してしまう現象が「アンダーマイニング効果」です。
2. 過剰正当化効果:「褒められるため」の行動
褒めることが習慣化すると、子どもは:
- 「褒められるために」行動するようになる
- 自分の興味や楽しさではなく、親の反応を基準にする
- 褒められない活動への意欲が低下する
- 自主性や創造性が失われる
3. 能力への固着:チャレンジ回避行動
「すごいね」「えらいね」といった能力評価を受け続けた子どもは:
- 失敗のリスクがある課題を避ける
- 「できる自分」のイメージを守ろうとする
- 新しいことへの挑戦意欲が低下する
- 成長機会を自ら放棄してしまう
4. 外発的動機への依存
内発的動機 vs 外発的動機
内発的動機外発的動機興味・楽しさから行動報酬・評価のために行動持続性が高い短期的効果のみ創造性を促進創造性を阻害自主性を育む依存性を作る
5. 自己肯定感の勘違い:「褒める」≠「自己肯定感向上」
真の自己肯定感は「自分でわかる」「自分でできる」という手応えの積み重ねから生まれます。表面的な褒め言葉だけでは、本質的な自己肯定感は育ちません。
NGな褒め方 vs 効果的な褒め方
絶対避けるべき褒め方5選
1. 能力・才能を褒める
- NG:「頭がいいね」「センスがあるね」「天才だね」
- 理由:固定思考を植え付け、失敗への恐怖を生む
2. 結果だけを褒める
- NG:「100点すごい!」「1位になって偉い!」
- 理由:結果至上主義を作り、プロセスを軽視する
3. 他者との比較で褒める
- NG:「○○ちゃんより上手ね」「クラスで一番!」
- 理由:競争意識ばかりが強くなり、協調性を失う
4. 曖昧で抽象的な褒め言葉
- NG:「すごいね」「えらいね」「いい子ね」
- 理由:何が良かったのか子どもに伝わらない
5. 過剰で大げさな褒め方
- NG:「世界一すごい!」「天才的!」「完璧!」
- 理由:現実離れした評価で、自己認識が歪む
子どもが本当に伸びる褒め方8選
1. プロセス(過程)を具体的に褒める
- 例:「最後まで諦めずに考え続けたね」
- 効果:努力の価値を理解し、継続力が身につく
2. 工夫や戦略を認める
- 例:「違うやり方を試してみたのがよかったね」
- 効果:創造性と問題解決能力が向上
3. 成長・改善を具体的に指摘
- 例:「前回より○○が上達しているね」
- 効果:成長実感により内発的動機が高まる
4. チャレンジ精神を称賛
- 例:「難しい問題に挑戦する勇気がすばらしい」
- 効果:失敗への恐怖を克服し、挑戦意欲が向上
5. 協力・思いやりを認める
- 例:「友達を助けてあげたやさしさが素敵だね」
- 効果:社会性と共感力が育まれる
6. 自分で気づいたことを褒める
- 例:「自分で間違いに気づけたのがすごいね」
- 効果:自己評価力と自己修正能力が向上
7. 質問を投げかけて気づきを促す
- 例:「どうしてそれができたと思う?」
- 効果:メタ認知能力と自己理解が深まる
8. 感謝の気持ちを伝える
- 例:「手伝ってくれてありがとう、とても助かった」
- 効果:他者貢献の喜びと自己有用感が育まれる
アドラー心理学に学ぶ「勇気づけ」の技術
褒めるより「勇気づけ」
アドラー心理学では、褒めることよりも「勇気づけ」が重要だとされています。
褒める vs 勇気づけ
褒める勇気づけ評価・判断感謝・共感上下関係対等な関係外発的動機内発的動機依存を生む自立を促す
勇気づけの具体例
子どもが何かしてくれたとき:
- 褒める:「えらいね」「すごいね」
- 勇気づけ:「ありがとう」「うれしいな」「助かったよ」
子どもが挑戦したとき:
- 褒める:「よくできたね」
- 勇気づけ:「挑戦する気持ちが素敵だね」「一緒に頑張ろうね」
勇気づけの効果
勇気づけを受けた子どもは:
- 「自分の意思で」行動するようになる
- 自信を持って新しいことに挑戦する
- 失敗を恐れずにチャレンジする
- 内発的動機が育まれる
年齢別・シーン別効果的な褒め方ガイド
0-2歳:基盤作りの時期
ポイント: 行動そのものを認めて安心感を与える
効果的な褒め方:
- 「○○ちゃんががんばってるね」
- 「一緒にできて楽しいね」
- 「ママも嬉しいよ」
3-5歳:自立心が芽生える時期
ポイント: 具体的な行動と気持ちに共感する
効果的な褒め方:
- 「自分で靴が履けたね、嬉しそうな顔してる」
- 「お友達におもちゃを貸してあげたやさしさが素敵」
- 「最後まで片付けようと頑張ったね」
6-12歳:学習意欲を育てる時期
ポイント: 学習プロセスと成長を重視する
効果的な褒め方:
- 「分からない問題を辞書で調べる工夫がすばらしい」
- 「前回より計算が速くなったね」
- 「難しい漢字に挑戦する気持ちがかっこいい」
思春期以降:自己決定を尊重する時期
ポイント: 対等な関係で感謝や共感を伝える
効果的な褒め方:
- 「君の考え方、とても参考になる」
- 「一緒に話せて楽しかった」
- 「手伝ってくれてありがとう」
「褒めても伸びない」から脱却する5つのステップ
ステップ1:現在の褒め方を客観視する
チェックポイント:
- 能力や才能を褒めていないか?
- 結果だけに注目していないか?
- 他の子と比較していないか?
- 具体性に欠けていないか?
ステップ2:プロセス重視に切り替える
意識改革:
- 結果 → 過程
- 能力 → 努力
- 完璧 → 成長
- 評価 → 感謝
ステップ3:具体的な観察力を身につける
観察のポイント:
- どんな工夫をしたか?
- どんな気持ちで取り組んだか?
- 前回と比べてどう変化したか?
- どんな困難を乗り越えたか?
ステップ4:質問力を高める
効果的な質問例:
- 「どんな気持ちで取り組んだの?」
- 「一番工夫したのはどこ?」
- 「次はどうしてみたい?」
- 「どこが一番楽しかった?」
ステップ5:長期的視点を持つ
重要な心構え:
- 即効性を求めない
- 子どもの個性を尊重する
- 失敗を学習機会と捉える
- 親自身も成長し続ける
褒め方を変えた家庭の実際の変化
事例1:チャレンジを避ける小学3年生
Before(能力褒め):
- 「頭がいいね」「すごく上手」と褒めていた
- 子どもは難しい問題を避けるようになった
- 失敗を極度に恐れるようになった
After(プロセス褒め):
- 「最後まで考え続ける姿勢がすばらしい」
- 「違う方法を試してみたのがよかった」
- → 難しい問題にも挑戦するようになった
- → 失敗しても「次はこうしてみる」と前向きに
事例2:褒められないとやらない中学1年生
Before(外発的動機):
- 「えらいね」「よくできたね」の連発
- 褒められないと勉強しない
- 親の反応ばかり気にする
After(内発的動機育成):
- 「どんな発見があった?」と質問を重視
- 学習プロセスへの興味を引き出す
- → 自分から「面白い問題見つけた」と報告
- → 褒められなくても自主的に学習
親がしがちな褒め方の勘違い5選
勘違い1:褒めれば褒めるほど良い
真実: 質の低い褒め言葉の乱発は逆効果。適切なタイミングで質の高い褒め方をすることが重要。
勘違い2:自己肯定感 = 褒めること
真実: 自己肯定感は「自分でできた」という成功体験の積み重ねから生まれる。表面的な褒め言葉だけでは育たない。
勘違い3:厳しく言うより褒める方が良い
真実: 必要な時の適切な指導も重要。「勇気くじき」にならない建設的な関わりが大切。
勘違い4:他の子より優れていることを伝えるべき
真実: 他者比較は競争意識を過度に煽り、協調性や自己受容を妨げる。
勘違い5:完璧を目指すべき
真実: 「まだできない」を「これから成長できる」と捉える成長思考が重要。
まとめ:真に子どもを伸ばす褒め方の本質
科学が証明した効果的な褒め方の原則
- プロセス重視:結果より過程、能力より努力
- 具体性:何が良かったかを明確に伝える
- 成長視点:「まだ」の力を信じる
- 内発的動機:子ども自身の興味や楽しさを大切にする
- 対等な関係:評価より感謝、判断より共感
褒め方を変えることで期待できる変化
子どもの変化:
- チャレンジ精神の向上
- 失敗への恐怖の軽減
- 内発的動機の育成
- 創造性の発揮
- 自己肯定感の真の向上
親子関係の変化:
- より深いコミュニケーション
- 信頼関係の強化
- 互いの成長を支え合う関係
- ストレスの軽減
最後に:完璧を求めず、共に成長する
褒め方を変えることは、親にとっても子どもにとっても学習プロセスです。完璧を求めず、「まだできていない」ことを「これから成長できる」と捉える成長思考で、親子共に歩んでいくことが何より大切です。
今日から始められる小さな変化:
- 「すごいね」を「○○を頑張ったね」に変える
- 結果を聞く前にプロセスを聞く
- 子どもの工夫や気づきに注目する
- 「ありがとう」の言葉を増やす
真の褒め方は、子どもの内なる力を信じ、その成長を支える「勇気づけ」なのです。科学的根拠に基づいた質の高い褒め方を実践することで、子どもは本来持っている可能性を最大限に発揮できるようになるでしょう。
この記事が、より良い親子関係と子どもの健やかな成長の一助となれば幸いです。褒め方を変えることは一朝一夕にはいきませんが、継続することで必ず変化が現れてきます。
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