なぜ、学力と同じくらい「非認知能力」が重要だと言われるのか?―社会で成功するために必要な力とは何か―

教育

はじめに

近年、教育現場やビジネス界で「非認知能力」という言葉を聞く機会が増えています。「これからの時代は非認知能力が大切」「非認知能力を育てなければならない」といった声が各方面から聞こえてきますが、一体なぜこれほどまでに注目を集めているのでしょうか。

従来の教育では、テストの点数や偏差値といった「認知能力」が重視されてきました。学力が高ければ良い大学に進学し、良い会社に就職し、人生が成功すると考えられてきたのです。しかし、現代社会では状況が大きく変わりつつあります。

この記事では、非認知能力とは何か、なぜ学力と同じくらい重要だと言われているのか、そして社会で成功するために本当に必要な力とは何かについて、科学的根拠とともに詳しく解説していきます。

非認知能力とは何か?

認知能力と非認知能力の違い

まず、非認知能力を理解するために、認知能力との違いから説明しましょう。

認知能力とは、一般的にIQテストや学力テストなどで数値化できる能力のことを指します。具体的には、計算力、記憶力、言語力、IQ(知能指数)などを指します。これらは「数値」で表すことができるものは「認知能力」といわれます。

一方、非認知能力とは、数値では表せないけれども、これからの時代を生きるために、また、幸せな人生を切りひらくために必要な能力のことです。積極性や粘り強さ、リーダーシップやモチベーションの高さといった数値では図りにくい能力のこと。社会情緒的スキルともいわれ、社会人にとっての「世渡り力」に通じるものです。

非認知能力の具体的な構成要素

非認知能力には、大きく分けて、自分の内にある力と他者との関わりの中で発揮される力があります。

自分に関わる力(自己に向かう力)

  • がまんをする・あきらめない・目標に向かってがんばる・最後までやり遂げる・新しいアイデアを生み出す・挑戦しようとする・失敗しても立ち直れる・自己肯定感を持つ・感情をコントロールするなどがあります

他者に関わる力(他者に向かう力)

  • 協調しながら物事を進める・他人の意見を尊重する・人の気持ちに共感する・相手の立場になって考える・コミュニケーション能力・思いやりを持てるなどがあります

具体的には、自己管理能力、コミュニケーション能力、協調性、粘り強さ、好奇心などが挙げられます。これらの能力は、テストの点数では測れない、いわゆる社会情動的スキルとも呼ばれています。

非認知能力が注目される科学的根拠

ヘックマンのペリー就学前プロジェクト

非認知能力が重要視されるきっかけとなったのは、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・J・ヘックマンらの研究チームが、幼児期の特別な教育が及ぼす影響について、社会的リターンをもたらしている要素はIQテストで評価されてきた能力=「認知能力」ではなく、IQテストで評価されてきた能力以外の能力=「非認知能力」であるとし、幼児期に「非認知能力」を育成することの重要さを経済学の立場から示したことです。

ペリー就学前プロジェクトは、1962年から1967年の間、アメリカ・ミシガン州に住む低所得者層家庭の3〜4歳児の子供たちを対象にして実施されたもの。このプロジェクトでは123名の子供たちを2つのグループに分け、就学前教育を施す子供と施さない子供を比較するという実験が行われた。

この研究では毎日午前中に2時間半の授業を受けさせ、さらに週1回、午後に教師が家庭訪問し親への指導にあたりました。自発性、社会性を重視した教育を行い、その後教育を受けた子どもと受けなかった子どもの約40年間を追跡調査しました。

その結果、質の高い教育を受けた子供たちのほうが、収入や持ち家率、学歴が高く逮捕率も低いとわかりました。しかし、両方のグループのIQの差はほとんどなかったため、非認知能力が社会的成功に影響を与えていると結論づけられたのです。

子どもたちの人生が良くなることにより、後に起こりうる社会問題(犯罪)の対応に使われる費用の減少、また成人してからの収入が増えることによる税金収入の増加など、プログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンがあるという費用便益分析(Cost-benefit analysis)の結果が出ている。この分析はノーベル賞受賞者でシカゴ大学の経済学者のジェームズ・ヘックマンが検証している。

GRITの研究

もう一つの重要な研究が、ペンシルベニア大学のアンジェラ・ダックワース教授による「GRIT(グリット)」の研究です。成功者の共通点は「才能」でも「IQ」でもなく「グリット」(やり抜く力)だった! バラク・オバマ、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ…錚々たる権威がその重要性を語り、米教育省が「最重要課題」として提唱する「グリット」の秘密を初めて解き明かした一冊!

GRITとは、以下の4つの要素から成り立ち、それぞれの頭文字を取って「GRIT」になります:

  • Guts(ガッツ):困難なことにも立ち向かう度胸
  • Resilience(レジリエンス):苦境にもめげずに立ち直る復元力
  • Initiative(イニシアチブ):自ら目標を見つけて取り組む自発性
  • Tenacity(テナシティ):最後までやり遂げる執念

ダックワース教授の研究によると、「人生において成功の鍵を握っている能力とは何か」を調査した結果、IQが高くても成績が良いとは限らないこと、IQが低くてもgritがあれば優秀な成績を収めている生徒がいることに気が付きました。そこで研究者として成功している人の共通点について、専門的な調査と研究を行った結果、成功のために必要な要素として、「何事にも諦めずに長期間忍耐強くやり抜く能力」が大切だというgrit理論にたどり着きました。

なぜ今、非認知能力が重要なのか

社会の急激な変化

変化が激しく、先行きが見通しにくい時代を生き抜くには、予期せぬ事態に柔軟に対応する力が求められます。人と上手に関わっていくことも、長い人生において幸せや成功を手に入れるために必要な力です。

現代社会は、変化の激しいVUCA時代と呼ばれています。このような時代を生き抜くためには、単に知識を詰め込むだけではなく、自ら考え、問題を解決し、新しい価値を生み出すことができる人材が必要となります。

突然の新型コロナウイルス感染拡大によって私たちの生活は一変しました。災害や未知のウイルスの流行など、予測不能な事態はいつ起こるか分かりません。どんなときでも何が起こっても、状況を的確に判断し自ら考えて行動する力は、子どもたちがこれからを生きていく上で必要な力といえるでしょう。

AIとの差別化

グローバル化や情報化が急速に進む現代社会において、単なる知識の習得だけでなく、それを活用する力や新たな価値を生み出す力が求められています。また、AIやロボットの発達により、今後は機械化・自動化が難しい分野で人間ならではの能力が重要になってくると予想されます。

非認知能力は、まさにこれらの要素を含んでおり、AIとの差別化や共生という意味でも注目すべきスキルといえます。テクノロジーの発達で、多くの仕事をコンピュータが代替できる今、人間にしかできない力を身につける必要があることも、プログラミング的思考に注目が集まる理由の一つです。AIやコンピュータにない力は創造力や論理的思考力が挙げられますが、プログラミング的思考もその一つです。

教育・採用の変化

近年の大学入試では小論文や面接を中心とした個別入試が増加傾向にあります。保護者の方が受験をしたころの入試は知識重視のものがほとんどでしたが、最近は受験生の人となりや人間力を見る試験に移行しつつあるのです。入社試験も同様で、プレゼンテーション・グループディスカッションなどを通して、非認知能力が試されます。

日本の教育は「1つの正解を求める」傾向にあるが、社会やビジネスにおいて絶対的な1つの正解は存在しない。そのため、近年では教育においても多様性を重視しており、社会においても非認知能力が求められている。

非認知能力の効果と影響

学習面への効果

物事に興味を持つと疑問が湧き、調べてみると、知識=「認知能力」が増えます。新たな発見があり、知識が増え、理解が進むと学ぶことが楽しくなります。学びによって自信がつき、知識を役立てたい、貢献したいという意欲が湧くと、さらに新たな興味や疑問が湧き、知識が増え、またさらに学びたくなるという学びの循環が生まれ、「認知能力」、「非認知能力」ともにより高次に発達していくと考えられます。

この際、認知能力を高めるには、非認知能力を鍛えることが重要だということを押さえておきましょう。このように「認知能力」と「非認知能力」は密接に関わりながら高まっていくものなので、切り離してどちらか一方が重要と言えるものではないのです。

社会的成功への影響

非認知能力が高い人とは、前述した自己肯定感や自ら行動する力などを身につけている人ですので、精神的に安定していて、物事に対して主体的な態度で取り組むことができる、状況の変化にも強いという特長があります。また、感情のコントロールがうまく共感性も高いことから、集団の中でリーダーシップを発揮できるタイプの人も多いです。

非認知能力が高いと、成長するにつれて学力や進学率、就職率や年収、マイホーム購入率などが高まるとされています。そのため幼少期の非認知能力を高める教育の必要性が、注目されているのです。

人生満足度への影響

非認知能力を育てることは、これからの人間形成に大きく関わります。子ども自身が幸せな人生を歩んでいくためにも、非認知能力を伸ばしていくことはとても重要なことなのです。

生きるために必要最低限の学力を身につけるためには、認知能力だけでなく非認知能力が欠かせません。また、超高齢化社会が到来し、これからは学生時代に獲得した知識やスキルだけで一生を過ごすことが難しくなります。そのため、何歳になっても、自分が大切だと思うことを探して、目標をもって学び続けることが重要で、そのために必要なのが非認知能力です。

認知能力 vs 非認知能力ではない理由

相互補完的な関係

冒頭で紹介したヘックマンらの研究チームは、テストスコアのみで測定した「認知能力」と、学問的な頭の良さや賢さへのこだわりが、人的資本介入の評価に深刻な偏りを引き起こしていると指摘しています。これはつまり、「非認知能力」に対する評価が過小であったことへの反省を込めて、評価対象として、これまで以上に「非認知能力」に着目すべきであることを意味しているのです。決して「認知能力」よりも「非認知能力」の方が重要であるとか、「認知能力」は必要ない、といった意味ではありません。

統合的な能力観

「非認知能力」が重要視されるきっかけとなったのは、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・J・ヘックマンらの研究チームが、幼児期の特別な教育が及ぼす影響について研究したことですが、この研究発表により、世界中で「非認知能力」に焦点を当てた様々な研究が行われるようになりました。

しかし、重要なのは「どちらが優れているか」という対立的な見方ではなく、両者が相互に影響し合いながら人間の総合的な能力を形成しているという統合的な視点です。

非認知能力の発達と育成

幼児期の重要性

性格や気質といったパーソナリティは、幼児期に形成されるといわれていることから、非認知能力が幼児教育において重要視されているというのが多く取り組まれてきた研究である。未来のある子供たちにとって、学力の向上や将来的な収入の安定に大きく影響するといわれれば、非認知能力を育てたいと思うのは必然だろう。

子どもが、何かに夢中になっているときは、非認知能力が働いているときだといえます。子どもが物事に興味・関心を持ち、自らの意志で行動する力が発揮されている状態です。自分の意志で意欲を持って物事に取り組むとき、子どもは大人以上に集中力を高め、試行錯誤や創意工夫を積み重ねます。

生涯にわたる発達可能性

では、非認知能力を伸ばせるのは何歳までなのか、と気になる人もいるだろう。しかし、何歳という区切りはなく、「いつまででも」伸ばせるというのが本特集でお伝えしたいことのひとつだ。

非認知能力は、子どもの時期だけでなく一生をかけて伸ばすことができます。むしろ、ストレスを抱えながら日々を過ごす大人こそ、非認知能力を高める必要があるかもしれません。

gritは、大人になってからもトレーニングによって後天的に伸ばすことが可能な能力です。「情熱」や「粘り強さ」は、その時置かれている状況や気持ちによっても変わるものであり、トレーニングによって高めていくこともできます。

社会で求められる非認知能力

ビジネス界での注目

近年、社員教育において、非認知能力が注目されています。VUCAの時代といわれ、働き方や価値観が多様化する昨今。自分自身のキャリアを考えていくときに、「自分はどんなところが評価されているんだろう?」「そもそも自分の得意なこと・能力ってなんだろう?」と悩む人も多いのではないだろうか。

売上や営業成績などの数値で測れる評価だけではなく、コミュニケーション力などの「非認知能力」も社会人にとって評価対象となる重要な能力であると考えられているからです。

人生100年時代への対応

非認知能力が注目される背景として、近い将来、人生100年時代が到来することもあげられます。人生100年時代では、一つの職業やスキルだけで生涯を過ごすことが困難になり、継続的な学習と適応が必要になります。このような状況では、新しい環境に適応し、学び続ける意欲や粘り強さといった非認知能力が特に重要になります。

非認知能力を育む方法

家庭でできること

子ども自身が興味を持ったことや楽しんで取り組んでいることをどんどん応援してあげると、非認知能力がアップするといわれています。「あぶないから」「時間がないから」といった理由で、やりたがっていることを制止しないようにしましょう。

非認知能力アップにつながる特定の習い事やスポーツはなく、どのような習い事や体験であれ、それにどう向き合い取り組むかがポイントです。例えば、世界で活躍するスポーツ選手のインタビューを聞くと、とても知的で魅力的に感じませんか。それは、彼らが厳しい練習や数々の経験を通して、自分の置かれた状況を客観的に理解し、自分を高めるための努力や工夫を積み重ねているからです。

教育現場での取り組み

学校教育においても非認知能力の育成が重要視されています。非認知能力を育む教育は、子どもたちの可能性を引き出し、社会を生き抜く力を養う上で重要な役割を果たします。学校教育が研究と連携しながら、非認知能力教育の実践を深化させていくことが、これからの時代を担う子どもたちの成長につながるのです。

非認知能力の育成には、学校全体での取り組みと教員の意識改革が不可欠です。カリキュラム・マネジメントにおいて非認知能力の育成を位置づけ、教員研修等を通して指導力の向上を図ることが重要でしょう。

課題と限界

測定の困難さ

非認知能力の大きな課題の一つは、その測定の困難さです。認知能力と異なり、非認知能力は数値で表すことが困難で、評価方法の確立が重要な課題となっています。

測定可能性については、信頼性と妥当性の問題、因子分析モデル、そして近年のスキルについての研究動向の問題点から論じられた。予測可能性については、帯域幅と忠実度のジレンマの観点から予測力の大きさの問題、そして社会的な結果指標の問題が論じられた。

理論的な課題

一般財団法人日本生涯学習総合研究所(以下、日本生涯学習総合研究所)によると、非認知能力とは「物事に対する考え方、取り組む姿勢、行動など、日常生活・社会活動において重要な影響を及ぼす能力」と説明されており、学問的に統一された見解はないようだ。

OECD(経済協力開発機構)では、認知的スキルに対比される能力のことを「社会情動的スキル」と定義するなど、研究者の間では”そもそも「非認知能力」という呼称でよいのか”という議論もあり、非認知能力の捉え方も複数あるため、今後もさまざまな研究が進むことが予想される領域である。

世界の動向と日本の現状

国際的な取り組み

OECD(経済協力開発機構)では、2015年に「非認知能力」の定義を公表し、PISA(国際的な学習到達度に関する調査)にも反映しています。世界各国で非認知能力の重要性が認識され、教育政策に反映されるようになってきています。

少し大きな話になりますが、今世界は環境破壊・貧困・差別・戦争など、さまざまな問題を抱えています。こういったさまざまな問題を解決する可能性があるとして、世界中で注目されている力が、非認知能力なのです。実際に先進国の幼児教育では、非認知能力を伸ばすためのカリキュラムが取り入れられ始めています。

日本の取り組み

この流れを受けて、日本の教育現場でも非認知能力への関心が高まっています。近年、学校教育において非認知能力の重要性が注目されています。文部科学省も学習指導要領の改訂において、知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力、さらには学びに向かう力・人間性等の育成を重視するようになっています。

今後の展望

研究の発展

非認知能力に関する研究は、今後さらに発展していくことが期待されます。脳科学や心理学、教育学など様々な分野からのアプローチにより、非認知能力のメカニズムや育成方法についての理解が深まるでしょう。

研究の成果を学校教育に応用していくためには、研究者と教育現場の連携が不可欠です。研究で得られた知見を、実際の教育活動に取り入れるための方法を共同で開発していく必要があります。

社会実装への道筋

非認知能力を重視した教育の実践には課題もありますが、社会の変化に対応した人材の育成には欠かせません。学校現場と研究機関が連携しながら、より効果的な育成方法を探究していくことが求められています。非認知能力教育の充実は、これからの時代を生き抜く子どもたちの成長に大きく寄与するでしょう。

まとめ

非認知能力が学力と同じくらい重要だと言われる理由は、現代社会の急激な変化と、人間に求められる能力の質的転換にあります。

ヘックマンのペリー就学前プロジェクトやダックワースのGRIT研究などの科学的根拠により、長期的な人生の成功や満足度において、非認知能力が重要な役割を果たすことが明らかになりました。これらの研究は、IQや学力だけでは説明できない成功の要因として、やり抜く力、協調性、自己制御能力などの重要性を示しています。

しかし、重要なのは認知能力 vs 非認知能力という対立的な構図ではありません。両者は相互に補完し合い、統合的に人間の能力を形成しています。認知能力という土台の上に非認知能力が発揮され、非認知能力が認知能力の習得を促進するという好循環が生まれるのです。

現代社会では、AIやロボットの発達により、単純な知識や技能だけでは差別化が困難になっています。人間らしい創造性、コミュニケーション能力、問題解決力、適応力といった非認知能力こそが、人間の独自性を発揮する分野として注目されています。

また、人生100年時代において、一度身につけた知識だけで生涯を過ごすことは困難です。継続的な学習、新しい環境への適応、困難な状況での粘り強さといった非認知能力が、変化し続ける社会で生き抜くための必須能力となっているのです。

非認知能力は幼児期から重要ですが、生涯にわたって育成可能な能力でもあります。家庭、学校、職場、社会全体が連携して、一人ひとりの非認知能力を育む環境を整えることが重要です。

これからの時代を生きる私たちにとって、テストの点数や偏差値だけでは測れない「人間力」としての非認知能力は、学力と同等、あるいはそれ以上に重要な能力と言えるでしょう。認知能力と非認知能力の両方をバランスよく育むことで、真に豊かで成功した人生を歩むことができるのです。

グローバル化、多様化が進む社会の中で、子どもも大人も、自分と他者の感情にきちんと向き合って互いを大切にする姿勢を、さらに大事にしたいものです。そして、一人ひとりが持つ非認知能力を最大限に発揮し、社会全体の発展に貢献していくことが、これからの時代に求められているのです。

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