なぜ、今「プログラミング教育」が必修になったのか?―論理的思考力の育成という本来の目的を解説―

教育

はじめに

2020年から小学校で始まったプログラミング教育の必修化。続いて2021年には中学校、2022年には高等学校でも実施され、さらに2025年度からは大学入学共通テストにも「情報」が新設されることが決定しています。

この急速な教育改革の背景には何があるのでしょうか。「小学生にプログラミングなんて早すぎるのでは?」「複雑なコードを覚えさせるの?」といった疑問を持つ保護者の方も多いかもしれません。

実は、プログラミング教育の本来の目的は、プログラミング言語やコーディング技術の習得ではありません。文部科学省が掲げる最大の目標は「プログラミング的思考」の育成、すなわち論理的思考力の向上にあるのです。

この記事では、プログラミング教育必修化の背景、真の目的、そして私たちの社会にとっての意義について詳しく解説していきます。

プログラミング教育必修化の背景

急激なICT技術の進歩と社会変化

2020年に新しい学習指導要領が施行され、小学校ではプログラミング教育が必修化されました。その背景には、急激なICT技術の進歩があります。誰もがスマートフォンを持ち、インターネットを通じてやり取りをしたり情報を取得したりする世の中で、ICTは私たちの生活に欠かせない存在になっています。

私たちの生活を振り返ってみると、わずか20年前にはスマートフォンは存在せず、SNSも一般的ではありませんでした。しかし今では、買い物の支払いにはICカードやQRコード決済を使い、家電製品には人工知能が搭載され、自動車には高度な運転支援システムが組み込まれています。

現在、コンピュータは電化製品や自動車など身近なものにも内蔵され、生活を便利で豊かなものにしています。コンピュータは人が命令を与えることによって動作しますが、端的にいえばこの命令が「プログラム」であり、命令を与えることが「プログラミング」です。

第4次産業革命の到来

理由1つ目は、第4次産業革命により、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのテクノロジーが積極的に活用され、今後もIT技術は発展していくことが見込まれるためです。

人工知能やビッグデータ、IoTといった先端技術が社会のあらゆる分野に浸透し、従来の産業構造を根本から変えようとしています。将来的には、今ある仕事の半数近くが自動化されるという予測もあります。

このような急激な変化の中で、単純にコンピュータを使えるだけでは不十分です。技術を理解し、活用し、さらには新しい価値を創造できる人材が求められているのです。

深刻なIT人材不足

日本が直面するもう一つの重要な課題がIT人材不足です。経済産業省の試算によれば、IT人材は2030年に最大79万人が不足すると言われています。

今の日本では、システムエンジニアやプログラマーといったICT関連の人材が不足しているといわれています。子どものうちからプログラミングに親しむことで、ICTを身近な存在と感じることができれば、人材不足の解消にもつながります。

しかし、この人材不足の問題は単に技術者の数を増やせば解決するものではありません。従来型IT人材とは、従来から必要とされるIT人材のことで、ITシステムの受託開発や保守・運用サービスなどに従事する人材を指します。一方で、求められているのは先端技術を駆使できる「質の高いIT人材」なのです。

プログラミング教育の本来の目的

プログラミング的思考の育成

プログラミング教育の最も重要な目的は、「プログラミング的思考」の育成です。自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力。

これは文部科学省が定義するプログラミング的思考の正式な定義です。わかりやすくいうと、プログラミング的思考とは、「最適な方法で問題を解決する」ためにはどうすべきか試行錯誤することです。

論理的思考との違い

プログラミング的思考と論理的思考は密接に関係していますが、微妙な違いがあります。論理的思考では「すべての項目を網羅して考える」のに対し、プログラミング的思考では「目標達成のために効率的な手段を考える」となり、生産性を重視しているのがポイントです。

プログラミング的思考は、論理的思考を活用したうえで効率的で最適な手順を考えることです。つまり、論理的思考の中に、プログラミング的思考が内包されているのです。

プログラミング的思考の5つの構成要素

プログラミング的思考によって以下の5つの力が身につきます。

1. 抽象化 複雑な問題から本質的な要素を抜き出し、シンプルに理解する力です。

2. 分解 プログラミング的思考を身につけることで、物事を分解する力が身につきます。「カレーを作る」とした場合、「野菜を切る」「カレールーを混ぜる」「炒める」など、完成までに様々な手順があります。まずは目的達成に向けて必要な手順を分解したり、物事を分解したりする力がつきます。

3. 一般化 特定の解決方法を他の問題にも応用できる形に発展させる力です。

4. 組み合わせ カレーを作る方法を思いついた後、適切に並び替える必要があります。例えば、「野菜を切る」→「炒める」→「カレールーを入れる」と並び替えると、カレーが完成する手順ができあがります。プログラミングでもこのように分解された手順を適切に組み合わせる必要があり、その過程で物事を組み合わせる力がつきます。

5. シミュレーション カレーを作る手順を自分なりに組み立てたあとは、頭の中で手順のシミュレーションを行うことで、効率よくカレー作りを進めることができます。

プログラミング教育の3つのねらい

文部科学省は、プログラミング教育の具体的なねらいを3つ掲げています。

1. プログラミング的思考の育成

プログラミング教育とは、物事を順序立てて論理的に考える力(プログラミング的思考)や、プログラミングに関する技術および知識を学ぶための学習活動を行う必要があります

これは最も重要な目的であり、将来どのような職業に就いても役立つ汎用的なスキルです。プログラミングを通して、問題を論理的に分析し、段階的に解決していく「プログラミング的思考」を養うことができます。これは、将来どのような職業につく場合にも役立つ、汎用性の高いスキルです。

2. コンピュータやプログラムの仕組みの理解

プログラミング教育を通して、情報社会におけるITの役割や情報モラルについて学ぶことができます。また、実際にプログラミングを通して情報機器を操作することで、情報リテラシーや情報活用能力を向上させることができます。

小学生がコンピューターを効果的に使うには、コンピューターの仕組みを知っておく必要があるでしょう。プログラミング教育でコンピューターの仕組みについて教えることで、子どもは自らコンピューターをより上手く活用するためにはどうすればいいのか考え、動けるようになります。

3. 各教科での学びの深化

プログラミングを各教科と関連させて学習することで、より深い理解と学びにつなげることができます。例えば、算数の授業では、プログラミングを使って図形を描いたり、計算したりすることができます。理科の授業では、プログラミングを使って電気の利用について学ぶことができます。

順序立てた思考を繰り返すことで、算数の勉強だけでなく、問題解決能力を養ったり、各教科の理解を深めたりできることが期待されます。

段階別のプログラミング教育内容

小学校段階(2020年〜)

小学校では、新しい教科としてプログラミング科目が設置されたわけではありません。小学校におけるプログラミング教育は、学習指導要領でも「◯年生から取り組み始める」と定められているわけではありません。また、どの教科のどの単元でプログラミング学習を行うのか、その学習内容も具体的には記載されていないため、プログラミング教育の進度は小学校教育を所管する教育委員会や教員によって決められます。

プログラミング教育は、実際にプログラミングスキルを身に付けると考える人もいるでしょう。子どもが教育のなかで自然とプログラミングスキルを身に付ける可能性はありますが、プログラミング教育では、プログラミング用語や技術を教えることが目的ではありません。プログラミング教育は、身近にプログラミングが活用されていることを知ったり、問題解決能力を養う教育です。

中学校段階(2021年〜)

2021年、中学校の技術・家庭科に「情報の技術」が正式科目として追加され、プログラミング教育が必須化されました。小学校でのプログラミング教育が論理的思考育成を主眼としているのに対し、中学校のプログラミング教育では、情報通信の仕組みを理解した上で活用しながら、設定した課題を解決することが求められています。

中学校段階では、より実践的なプログラミングスキルの習得も含まれるようになり、小学校で培ったプログラミング的思考をベースに、技術的な理解を深めていきます。

高等学校段階(2022年〜)

高等学校では「情報Ⅰ」が必修科目として新設され、さらに発展的な内容を扱う「情報Ⅱ」も選択科目として設置されました。2025年度から、大学入学共通テストに情報科目が加わり、プログラミングの内容が出題されることが決定しています。

これにより、プログラミング教育は小学校から大学入試まで一貫した教育体系として整備されることになりました。

なぜ今必修化が必要だったのか

変化する社会への対応

現代社会は、変化の激しいVUCA時代と呼ばれています。このような時代を生き抜くためには、単に知識を詰め込むだけではなく、自ら考え、問題を解決し、新しい価値を生み出すことができる人材が必要となります。

もしかすると、今ある職業が将来にはなくなっているかもしれない。今学校で学んでいることは、時代が変化したら通用しないかもしれない。そんな激動の社会を生き抜くためには、物事を順序立てて考え、問題解決していく力が不可欠です。これはまさに「プログラミング的思考」であり、子どものうちからこれを身につけることは、自分自身を成功へと導く武器になっていくでしょう。

国際競争力の強化

プログラミング教育を通してコンピュータやロボットなどに興味を持つ子どもが増えれば、日本の国力や国際競争力という点から見ても大変心強いものです。また、ICTの知識を身につけることで、子ども自身、将来の職業選択の幅が広がります。

IT化に適応した人材を育成することも、プログラミング教育を行う狙いの1つです。「IT人材需給に関する調査」の調査報告書によると、2030年には約16〜79万人のIT人材が不足すると予想されています。国内のIT人材が不足すると、企業の生産性や競争率が下がることに繋がるため、早急な対策が必要です。

デジタル基礎教養の必要性

子どもたちが大人になるころには、今よりもっとICT技術は進んでいるでしょう。生きていくうえで、プログラミングの知識を活用するのが当たり前の時代になっていくのです。ICTの知識が基礎的な教養となる将来のため、プログラミング教育は欠かせないものといえるでしょう。

読み・書き・そろばんが従来の基礎教養だとすれば、デジタル時代の基礎教養には「プログラミング的思考」が含まれるようになったということです。

プログラミング教育の現状と課題

教育環境の整備

プログラミング学習をおこなううえで、パソコンやタブレットの配備、無線LAN環境の整備などが必要になりますが、準備が完了していない学校は少なくありません。課題としては、環境整備に費用と時間がかかり、すぐに対応できない学校がある点です。

GIGAスクール構想により1人1台端末の配備は進んでいますが、まだ完全ではない状況です。

教員の指導力向上

また現状、プログラミング教育をする教員側の準備も整っていません。令和3年度にICT活用指導力の研修に参加した教員は、平均で約76%でした。平均約64%だった令和2年度よりは改善していますが、それでも1/4近い教員がまだ研修を受けられていない状況です。

教員自身がプログラミング的思考を理解し、適切に指導できるようになることが重要な課題となっています。

プログラミング教育への誤解を解く

「難しすぎる」という懸念

「『教科×プログラミング』になることで難しさを感じるのでは?」「考え方が難しくなって、他の教科に悪影響を与えるのでは?」このような心配をされる方もいるかもしれません。実際のところは「考え方」を学んでいるだけで、「想像より難しいかも」といった不安は、不要です。

小学校段階では複雑なコーディングは行わず、ビジュアルプログラミング言語や具体的な操作を通じて、考え方を学ぶことが中心です。

プログラマー養成が目的ではない

文部科学省によると、小学校でのプログラミング教育は、プログラミング言語を覚えたり、プログラミングの技能を習得すること自体を狙いとしている訳ではなく、「プログラミング的思考」を育み、より良い社会を築くことを狙いとしていると明記しています。

目標は全ての子どもをプログラマーにすることではなく、論理的思考力を持った市民を育成することです。

日常生活とプログラミング的思考

身近な例での理解

「プログラミング的思考」というと難しいイメージを抱くかもしれませんが、私たちの日常生活の中で、実はごく自然にこの考え方を取り入れています。

実は、料理や洗濯、掃除といった家事も、プログラミング的思考を使うにはピッタリの題材になります。「カレーライスを作る」や「洗濯機を回す」のように一見簡単に見える作業も、いざお子さまがするとなると、細かな工程をどの順番にするか、考える必要があるからです。

効率化への意識

朝の準備、買い物の段取り、旅行の計画など、私たちは無意識のうちに「どうすれば効率的にできるか」を考えています。これがまさにプログラミング的思考の実践例なのです。

今後の展望と期待

創造性との融合

プログラミング的思考は、エンジニアなどの特定の職業に必要なスキルというわけではありません。状況に合わせて柔軟に対応する普遍的な資質や能力は人間の大きな強みで、さまざまな職業・職種にも通用するスキルです。

論理的思考力は、芸術やスポーツ、ビジネスなど、あらゆる分野で創造性を発揮するための基盤となります。

Society 5.0への対応

AIの登場などにより、人間に代わってコンピューターが作業をする場面が増えています。そのため、コンピューターをうまく使いこなし、人間にしかできない創造力や思考力を伸ばしていくことがプログラミング教育のねらいです。

人工知能と共存する社会において、人間の独自性を発揮するためにも、プログラミング的思考は重要な役割を果たすでしょう。

まとめ

プログラミング教育の必修化は、単なる技術教育の導入ではありません。それは、急激に変化する社会を生き抜くために必要な「考える力」を育成する教育改革なのです。

プログラミング的思考という論理的思考力の育成を通じて、子どもたちは問題を分析し、解決策を考え、効率的に実行する能力を身につけます。この能力は、将来どのような職業に就いても、どのような困難に直面しても、必ず役立つ普遍的なスキルです。

プログラミングの知識や技術は、子どもたちがICT化社会を生き抜くうえでとても重要なものです。中学校、高校、大学と進んでいく中でもプログラミング教育は必須であり、社会に出てからもプログラミング的思考で培った論理的思考力や、問題解決能力が子どもの助けとなるでしょう。

私たち大人も、プログラミング教育の真の目的を理解し、子どもたちの「考える力」を育むサポートをしていくことが重要です。技術の進歩に振り回されるのではなく、技術を活用して豊かな社会を創造できる人材を育成すること。それこそが、プログラミング教育必修化の最も重要な意義なのです。

デジタル時代の基礎教養として、そして未来を創造する力として、プログラミング的思考は今後ますます重要性を増していくでしょう。教育現場、家庭、社会全体が連携して、この重要な教育改革を成功に導いていくことが求められています。

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