はじめに:良かれと思ってやっていたことが実は…
「言うことを聞かない子どもには、きちんと叱って教えなければ」「体罰は時には必要」「厳しくしつけた方が子どものため」
このような考えで子育てをしていませんか?親心からの愛情深い行動であっても、最新の脳科学研究によって、これらの「常識」とされてきた育児法が、実は子どもの脳に深刻な悪影響を与えることが明らかになってきました。
今回は、スタンフォード大学をはじめとする世界最先端の脳科学研究から分かった「NG育児」について詳しく解説し、科学的根拠に基づいた正しいしつけ方法をご紹介します。
脳科学が明かした衝撃の事実
「すぐに叱る」は脳科学的にNG
実は、「すぐに叱る」子育て法は、脳科学的には子どもの理解にとっては逆効果になってしまうのです。子どもの脳の成長過程をしっかり理解し、注意深くアプローチする必要があります。
子どもの脳の特殊性を理解する
人間の脳は感情を発したり制御したりする一方で、論理的に考えて分析し、言語化する理性的な働きも持ち合わせています。感情と理性の働きは、それぞれ脳の異なる部分が担っています。
多くの人は、「右脳が感情の働き、左脳が理性的な働き」とイメージしています。たとえば、ついカッとなったものの、その感情を抑え、大人の対応をしたとしましょう。このときは、右脳がヒートアップし、左脳で感情をコントロールしたといったイメージです。
しかし、子どもの脳はまだ発達途中であり、大人と同じようには機能しません。
脳科学が証明した「叱る」ことの深刻な影響
1. 叱ることで脳が快感を感じるメカニズム
恐ろしいのは、叱ると人の脳内に快感をもたらすとされるドーパミンが放出されることだ。しかも、人間には悪いことをした人に罰を与えようとする「処罰欲求」が備わっており、叱る行為はこの欲求を満たす。さらに、「馴化(じゅんか=慣れること)」によって叱られる人の反応は鈍くなり、叱る人の欲求は満たされにくくなる。結果として「叱る」はエスカレートし、虐待やパワハラにつながっていく。
2. 学習性無力感の形成
繰り返し叱ることは学習性無力感を人に植えることになる。本人は何をやってもしょうがないと思い、なにもしなくなくなるようになるのだ。つまり、成長から最も遠い状態である。ただ、見せかけ上は大人しくなり、言うことを聞いているように見えるので、叱る側が満足する。
3. 脳の物理的変形
最も衝撃的なのは、体罰や言葉での虐待が実際に子どもの脳を物理的に変形させることが分かったことです。
体罰が脳に与える影響
一般に体罰は「しつけ」の一環と考えられているが、驚くべきことに「体罰」でも脳が打撃を受けることがわかった。厳格な体罰(頬への平手打ちやベルト、杖などで尻をたたくなどの行為)を長期かつ継続的に受けた人たちの脳では、前頭前野の一部である右前頭前野内側部の容積が平均19.1パーセントも小さくなっていた。
この領域は前頭前野の一部で、感情や思考をコントロールし、犯罪抑制力に関わっているところである。さらに集中力・意思決定・共感などに関わる右前帯状回も、16.9パーセントの容積減少がみられた。物事を認知する働きをもつ左前頭前野背外側部も14.5パーセント減少していた。
言葉の暴力の深刻な影響
マルトリートメントの種類により、変形する脳の部位が変わることも実験で明らかになりました。体罰を受けた人の前頭前野は萎縮し、感情や思考のコントロールに悪影響を及ぼします。また、体から脳に痛みを伝える神経回路が細くなることも別の実験でわかっています。
マルトリートメントの種類によってダメージを受ける場所は違いますが、脳に最もダメージを与えるのは、意外にも言葉によるもの(子どもに対しての暴言だけでなく、夫婦間の罵り合いの目撃であっても)でした。
脳科学的に見た子どもの発達段階
前頭前野の発達に25年かかる事実
ほとんどの人が経験することであるが、思春期には心の状態が不安定となりやすい。それはなぜだろうか。脳科学の知見からは、次のような説明が可能である。
前頭前野の成熟には25年以上かかる。他方、大脳辺縁系とよばれる脳部位は、扁桃体などが含まれるこの部位は、自分では意識的に抑えられない感情、いらいらや怒り、ドキドキする気持ちを沸き立たせる働きをもつ。大脳辺縁系は、第2次性徴期に性ホルモンの急激な分泌とともに急激に成熟し、思春期に活動が高まる。
前頭前野には大脳辺縁系の働きをトップダウンに抑制する働きがある。思春期の子どもたちの前頭前野はいまだ発達の途上であるから、辺縁系の活動を抑制することは当然難しい。大脳辺縁系と前頭前野の成熟のミスマッチが10年以上続く思春期には、不安障害や薬物乱用等の精神疾患の78%が発症する。
3歳までは「サルに近い」脳
池谷氏が「3歳までの脳は、ヒトではなく、サルに近い」と冗談ぽく書いているように、これは我々がいかにしてサルからヒトになるかというサイエンス・ノンフィクションなのだ。
科学的に正しい「怒る」と「叱る」の違い
「怒る」と「叱る」の脳科学的定義
- 「怒る」とは:怒り手の感情を外に爆発させること
- 「叱る」とは:相手によりよい方法を教示すること
似ているようで、全く違うことがわかりますね。「怒る」はネガティブ、「叱る」はポジティブな色味があります。
制限コードと精密コードの理論
イギリスのバジル・バーンステインという社会学者の「制限コードと精密コード」という研究があります。この研究では、家庭で用いられているコミュニケーションを大きく二つのパターンに大別し、子どもの学校における適応力について研究したものです。
制限コードのコミュニケーション例:
母「しっかりつかまってなさいよ!」 子「なんで?」 母「いいから、しっかりつかまってなさい!」 子「どうして?」 母「しっかりつかまってなさいって言っているでしょ!わかんないの?」
子どもの『なぜ』という問いに答えず、『つかまってなさい!』ということだけを伝えているのが『制限コード』の典型的なコミュニケーションです。これだと理由が理解できず、言われたことだけやるような応用が利かない子どもに育ってしまう可能性が高いといわれています。
脳科学に基づいた正しいしつけ方法
1. 複数の選択肢を与える
「勉強しなさい」「かたづけなさい」など、次々に指示や命令を与えていませんか?指示や命令をされると、脳は抵抗を感じてやる気を失ってしまいます。
一方、脳には自分で選択したいという欲求があります。嫌な選択肢ばかりでも、自分で選ぶと欲求が満たされ、やる気が高まるのです。
「国語にする?数学にする?それともお手伝い?」などと選択肢を与えて提案すると良いそうですよ。
2. ポジティブ・タイムアウトの活用
欧米では、子どもを落ち着かせ、健やかに導くことができる「ポジティブ・タイムアウト(前向きな小休止)」や「シンキングタイム(考える時間)」と呼ばれる方法が広く知られています。
これは、子どもの気持ちが高ぶったときに、いったん立ち止まって、気持ちを落ち着かせる時間をもつという方法です。時間の目安は「子どもの年齢×1分」です。
3. 「まず右脳で接続、それから左脳で方向転換」
理不尽な理由で泣き叫ぶ子どもにおとなが対処するには、”まず右脳で接続、それから左脳で方向転換”という方法が有効だ。人間の右脳と左脳、脳の上部と下部、脳と身体、そして個人の脳とみんなの脳……それぞれを調和させ、連携して働かせることで、子どもは(そしておとなも)いやな感情をみずからのりこえ、自分で心の平穏を得られるようになる。
4. 6秒ルールの活用
「怒り」を感じたとき、脳の中では何が起こっているのだろうか。怒りの感情とは、脳の中のどこでどのように発生するのだろうか。そしてその仕組みを知ることで、脳科学の観点から怒りをコントロールする方法は考えられないだろうか。
カチンと来ても6秒待つと怒りが鎮まるという「6秒ルール」は、脳科学的にも根拠のある方法です。
脳の回復力:希望的な事実
子どもの脳の可塑性
柔軟かつ繊細な子どもの脳は、傷つきやすい反面、大人の脳以上の回復力を持っています。愛情をたっぷりと注いで親子関係を修復し、子育てを軌道修正することで、子どもの脳は本来の能力を取り戻すことができます。
親性脳の発達
最近の研究により、親としての脳と心の発達には生物学的性差は見られないことがわかってきた。子育て中の親に自分の子どもが映った動画を見てもらい、その間の脳活動をfMRIで計測した実験では、養育経験によって脳内ネットワークの働きには違いがあり、そこには生物学的性差はみられないのである。
つまり、「母性」「父性」という枠組みではなく、「親性」という枠組みにおいて親としての脳と心の発達を考えるべきであることが科学的に証明されています。
今すぐできる改善策
1. 感情的になったときの対処法
怒ってしまったあとの対応が大切です。たとえば、怒ってしまったことを自分は反省し、子どもにどう伝えようか迷っているときに、子どものほうから謝ってきたとします。そのとき、『ちゃんと謝れて偉いね、嬉しいよ!』と伝える。そして同時に『お母さんも大きい声出しちゃってごめんね』とちゃんと謝る。
2. 褒めることと叱ることのバランス
東京大学の発達心理学者、遠藤利彦教授は、「しつけというのは『ほめる』と『叱る』の両方があって、しつけになるのだと思う」といっています。
「可愛くば五つ教えて三つほめ二つ叱って良き人にせよ」という二宮尊徳の言葉がありますが、「子どもには5つ教えたらまず3つほめ、叱るのは2つくらいにしておく」くらいがちょうどいいあんばいのようです。
3. 叱るときの6つのルール
- 一つずつ具体的に:「お片づけして」ではなく「赤のクレヨンをケースに戻して」
- 行動に焦点を当てる:人格否定はしない
- 目を見て話す:向き合って伝える
- 理由を説明する:なぜダメなのかを理解させる
- 代替案を提示する:何をすべきかを肯定形で伝える
- 最後は褒めて終わる:正しい行動ができたら必ず認める
まとめ:科学に基づいた子育てへ
最新の脳科学研究が明らかにしたのは、従来の「常識」とされてきた多くの育児法が、実は子どもの脳の発達にとって逆効果であるという衝撃的な事実でした。
科学的に証明されたNG育児:
- 感情的に叱りつける
- 体罰を用いる
- 言葉による暴力
- 一方的な命令
- 人格否定
科学的に推奨される育児法:
- 選択肢を与える
- 理由を説明する
- 感情的にならずに対応する
- 子どもの発達段階を理解する
- 褒めることと叱ることのバランスを取る
重要なのは、子どもの脳は大人以上の回復力を持っているということです。今からでも遅くありません。科学的根拠に基づいた正しい関わり方を実践することで、子どもの脳は健全に発達し、将来にわたって豊かな人生を送る基盤を築くことができます。
親も完璧である必要はありません。失敗したら謝り、学び、改善していく。そのプロセスを通じて、親子ともに成長していけばよいのです。
最新の脳科学の知見を活用して、子どもの可能性を最大限に引き出す育児を始めてみませんか?それが、子どもの輝かしい未来への第一歩となるはずです。
参考:本記事は福井大学友田明美教授、スタンフォード大学星友啓校長、東京大学池谷裕二教授らの脳科学研究および最新の学術論文を基に作成しています。
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