はじめに:存在しなかった「地図」を創る
「『ビジョナリーカンパニー』と『ティール組織』はどう関連しているのか?」
組織開発の文献は「専門的で難しすぎる」か「1社の特殊事例のみ」。全体像を示す「地図」がどこにも存在しない——この深いフラストレーションから、本書は生まれました。
著者の坪谷邦生氏は、1999年にシステムエンジニアとしてキャリアをスタート。2001年、「疲弊していた」現場を改善したいという切実な思いから人事部門へ異動。20年以上の実践経験を経て、ついに組織開発という複雑な領域を「体系化」する地図を完成させました。
前著『図解 人材マネジメント入門』が組織の「型(仕組み)」を扱ったのに対し、本書は「組織に血を通わせる」ことに焦点を当てます。
著者プロファイル:エンジニアから人間システムの設計者へ
システム思考が生んだ独自の価値
坪谷氏の経歴は従来のHR専門家とは一線を画します:
- IT企業でシステムエンジニア(1999年〜)
- 事業会社で8年間の人事実務
- リクルートマネジメントソリューションズで8年間、50社以上を支援
- アカツキで人事企画室立ち上げ
- 2020年、株式会社壺中天を設立
エンジニアは複雑なシステムを分解し、根本原因を特定し、構造的な解決策を構築する訓練を受けています。彼が本書で実現したのは、まさにこのアプローチ——組織開発という「ソフト」な領域に、システム工学的思考を適用することでした。
実践者としての信頼性
「研究者ではなく実践者」という立場が、本書の信頼性の源泉です。理論と現実のギャップを埋める実践的な価値は、多様な組織文化と規模にまたがる経験から生まれています。
100のツボ:革新的なフォーマット設計
モジュール型・非線形の構造
各「ツボ」は見開き2ページで完結:
- Q&A形式の問いかけ
- 簡潔な解説文
- 直感的に理解できる図解
多忙な実務家が興味のあるトピックを「つまみ食い」でき、最初から最後まで通読する必要がありません。
図解という約束の実現
組織開発の抽象的で複雑な理論を、視覚的要素で直感的に理解可能にする。これは前著で3万部超のヒットを記録した実績あるフォーマットです。
「型」から「血」へ:本書の核心的哲学
やり方よりもあり方
実践者の「あり方(Being)」が、用いる手法「やり方(Doing)」よりも重要。操作的であったり偏見を持つ実践者は、いかに優れたツールを用いても組織開発を成功させることはできません。
対話による創造
本書の制作自体が組織開発の原則を体現。各章ごとにワーキンググループを組織し、専門家との対話と議論を重ねながら執筆。出版後も読者による勉強会や対話会を触発し続けています。
組織開発の基礎:第1〜4章の方法論
第1章:組織開発の定義
人材マネジメントや人材開発との違いを明確化。「人間尊重的」「民主的」という価値観が実践の思想的土台となります。
第2章:チェンジエージェント
変革を促進する個人の役割。単なる役職名ではなく、必要なマインドセットとスキルセットとして描写。
第3章:サーベイ・フィードバック
組織メンバーからデータを収集し、当事者に「フィードバック」することで対話と問題解決を促す。「現場を改善できるのは現場だけ」という原則。
第4章:対話型組織開発
アプリシエイティブ・インクワイアリー、フューチャーサーチ、ワールドカフェなど、集合知と共有ビジョンを育むツールを紹介。
6つの組織モデルの統合地図:第5〜10章
組織論の「ロゼッタ・ストーン」
本書の最大の知的貢献は、実践者が異なる組織論の間を「翻訳」できる比較フレームワークの創出です。
組織モデル中核概念ティール段階実践的適用学習する組織システム思考、共有ビジョングリーンへの移行期変化の激しい環境での適応能力向上ティール組織セルフマネジメント、ホールネスティール(進化型)複雑で予測不可能な環境での自律性ビジョナリーカンパニー基本理念、BHAGオレンジの最高峰長期的市場リーダーシップデリバリング・ハピネス従業員の幸福優先グリーン(多元型)サービス業での競争優位心理学的経営個のWill(意志)尊重オレンジ〜グリーンイノベーションと主体性ワイズカンパニー実践知(フロネシス)グリーン〜ティール社会的課題解決
インテグラル理論による分析
ケン・ウィルバーの4象限(個人の内面/外面、集合体の内面/外面)を用いたメタ分析により、各モデルが組織という現実の異なる側面を捉えていることを明確化。
市場へのインパクト:実践者からの圧倒的支持
「霧が晴れた」瞬間
読者の共通評価:
- 「体系的」「網羅的」「わかりやすい」
- 広大な分野への「地図」を手に入れた安堵感
- 「頭がスッキリした」という感覚
専門家からの称賛
『ティール組織』の第一人者・嘉村賢州氏: 「強烈にすごい本」「この本が15年前にあったら、僕の旅路は10分の1になっていた」
プラットフォームとしての機能
実践コミュニティの醸成
本書をベースにした読書会や対話会が自主的に開催。「対話型組織開発」の理念を説くだけでなく、その行動自体を触発。
人事力検定による制度化
「人事力検定『組織開発入門』」の公式テキストとして採用。合格基準70%以上、合格率64-73%で推移。日本の組織開発実践者の標準テキストとして制度化されました。
VUCAワールドへの処方箋:実践的提言
人事・組織開発担当者へ
- 診断ツール:組織モデルの地図で現在と未来を診断
- 介入設計:ワールドカフェやAIなど具体的手法の選択
- 共通言語構築:図解を用いた組織内の対話促進
経営幹部へ
- 戦略的ビジョン:目指す組織モデルの明確化
- 「あり方」の体現:一貫性ある真摯な行動が最強の推進力
チームマネージャーへ
- ミクロな実践:自チームを「学習する組織」として運営
- 対話の質向上:1on1を真の内省と学習の機会へ
- 目標の接続:個人の動機を組織目的へ接続
組織開発の民主化という革命
本書の最終的インパクトは、組織開発を人事部や高価なコンサルタントの独占領域から解放し、すべての管理職と従業員の手に委ねることにあります。
「チームの力学を改善し始めるのに博士号は必要ない」——このエンパワーメントなメッセージは、あらゆる階層の個人が自律的な「チェンジエージェント」となることを可能にします。
まとめ:21世紀の分散型リーダーシップへの手引き
『図解 組織開発入門』は、新たな理論の創出ではなく、既存の複雑な理論群を巧みに統合・視覚化した点に最大の価値があります。
エンジニア出身の坪谷氏だからこそ実現できた、システム思考による組織開発の体系化。それは、VUCA時代を生き抜くための適応性、回復力、迅速な学習能力、分散型リーダーシップを構築する実践的な地図となりました。
15社の出版社が断った企画が、今や人事プロフェッショナルの共通言語となり、検定制度まで生み出したという事実は、市場がいかにこの「地図」を渇望していたかを物語っています。
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