『問いかけの作法』完全レビュー|安斎勇樹が示す沈黙の会議を変革する技術

レビュー

はじめに:答えを持つリーダーから問いを持つリーダーへ

「さあ、どんどんアイデアを出してください!」

この呼びかけが虚しく響き渡る「お通夜ミーティング」。多くのマネージャーが経験するこの苦痛は、個人の問題ではなくシステムの問題です。

『問いかけの作法』は、単なる質問術の解説書ではありません。効率性を追求する「ファクトリー型」組織が生み出す「4つの現代病」を診断し、創造性と適応性を重視する「ワークショップ型」組織への変革を促す戦略的マニュアルです。

東京大学大学院で博士号を取得し、株式会社MIMIGURIの共同CEOを務める安斎勇樹氏。研究者と実践家のハイブリッドが生み出した、理論的妥当性と市場での実証性を兼ね備えた方法論を解説します。


著者プロファイル:実践家-研究者のハイブリッド

学術と実践の往復

安斎勇樹氏の独自性:

  • 東京大学大学院:学際情報学博士号取得、研究員
  • 株式会社MIMIGURI:共同CEOとして経営の最前線
  • 多数の企業コンサルティングで検証された実践知

理論に偏った学者でも、経験則に依存する経営者でもない。両世界を往復する稀有な存在が生み出す、信頼性の高い方法論です。

『問いのデザイン』から『問いかけの作法』へ

前著『問いのデザイン』が問題解決ツールとしての「問い」の構造に焦点を当てたのに対し、本書はチームビルディングのための対人行為としての「問いかけ」に焦点を移しています。

ファクトリー型組織を蝕む「4つの現代病」

二つの組織モデルの対立

ファクトリー型ワークショップ型効率性・予測可能性重視創造性・適応性重視エラーの削減が至上命題協調的な問題解決産業化時代に最適化知識経済時代に不可欠

4つの現代病とその症状

  1. 認識の固定化
    • 症状:「いつもこのやり方でやってきた」
    • 原因:過去の成功体験が思考の罠に
  2. 関係性の固定化
    • 症状:「それは私の仕事ではない」
    • 原因:硬直化した役割分担と部門の壁
  3. 衝動の枯渇
    • 症状:会議での沈黙、指示待ち姿勢
    • 原因:「波風を立てるな」という萎縮文化
  4. 目的の形骸化
    • 症状:KPI達成のみを追求
    • 原因:本来の目的や意義の喪失

この診断の巧みさは、問題を個人の資質ではなくシステムが生み出す必然的結果として捉え直す点にあります。

コア・フレームワーク:3ステップサイクル

フェーズ1:見立てる(Assess)

組織診断の技術として、2つの要素を見極めます:

  • こだわり:各メンバーの価値観、興味、モチベーションの源泉(引き出すべき創造性の源泉)
  • とらわれ:限定的な信念、バイアス、固定観念(揺さぶるべき思考の慣性)

フェーズ2:組み立てる(Construct)

2つの問いのモードを戦略的に設計:

フカボリ(Deep-dive) テーマを深く探求し、個人の「こだわり」を引き出す 例:「『シンプルなデザイン』が重要とのことですが、具体的にどのような状態を指しますか?」

ユサブリ(Shake-up) 「とらわれ」に挑戦し、新たな可能性を開く 例:「もし『売上を伸ばすこと』が禁止されたら、他にどんな成長戦略を描けるでしょうか?」

フェーズ3:投げかける(Deliver)

影響を最大化する伝達術:

  • 注意を引く技術:事前予告、共感、煽動、余白の活用
  • 修辞技法:誇張法、対照法で記憶に残す
  • アフターフォロー:前提補足、ハードル下げ、手掛かり提供

実践者のためのツールキット

問いかけの4つの基本定石

  1. 相手の個性を引き出し、「こだわり」を尊重する
  2. 適度に制約をかけ、考えるきっかけを作る
  3. 遊び心をくすぐり、答えたくなる仕掛けを施す
  4. 凝り固まった発想をほぐし、意外な発見を生み出す

シナリオ別応用例

チームミーティングの活性化

  • 課題:グループシンク(集団浅慮)
  • 処方箋:「もし競合他社がこのプロジェクトを担当したら、彼らは絶対にやらないことは何ですか?」

1on1の深化

  • 課題:単なる進捗報告に終始
  • 処方箋:「この半年で最も『自分らしい仕事ができた』と感じた瞬間はいつですか?」

他の経営理論との比較分析

理論主要な目標介入の手段抽象度『問いかけの作法』(安斎)チームの潜在能力活性化3ステップサイクルマイクロスキル(日々の対話)『恐れのない組織』(エドモンドソン)心理的安全性の醸成リーダーシップ行動マインドセット『チームが機能しない5つの理由』(レンシオーニ)結束力あるチーム構築機能不全への対処チームダイナミクス

エドモンドソンが「何をすべきか」を定義したのに対し、安斎氏は「いかにすべきか」を提示。心理的安全性を構築する具体的な武器となります。

段階的導入モデル

3フェーズアプローチ

フェーズ1(個人実践) リスクの低い1on1で3ステップサイクルを実践しスキル習得

フェーズ2(チーム導入) 会議ごとに1つの新しい「ユサブリ」の問いを試すなど徐々に導入

フェーズ3(文化拡散) 成功体験を共有、社内勉強会やワークショップで実践の輪を広げる

既存経営課題との連携

  • イノベーション促進の核心的スキルとして
  • 人材育成のコーチング・メンタリング技術として
  • 組織変革のコミュニケーション基盤として

特典コンテンツの戦略的意義

ダウンロード可能な「未収録原稿」は、書籍を静的な購入物から継続的学習体験のプラットフォームへと昇華させる戦略。読者とのエンゲージメントを継続的に構築する、製品設計に組み込まれた要素です。

まとめ:非対立的なチェンジマネジメント

本書の3ステップサイクルは、非対立的なチェンジマネジメントのマイクロプロセスです。

「あなたの前提は間違っている」と直接指摘すれば防御的になる相手も、「もし〜だとしたら?」という問いかけによって、批判ではなく協調的探求へと導かれます。

これは力ずくで心を変えるのではなく、自己発見の機会を創出することで変化を促す、持続可能な変革手法。リーダーシップのあり方を、すべての「答え」を持つ存在から、最高の「問い」を持つ存在へとシフトさせる実践的指南書です。


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